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所属事務所を円満に退社 アメリカへ俳優修業へ シアトルの隣町タコマへ 

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こんにちは!さて、今回はしっかり俳優としての自分を振り返ります。これも1つの僕の役者人生の大きな転機となる出来事でした。

初めて所属した芸能事務所を退社

この43話まで書いてきた芸能生活のすべての仕事は、もちろんこの芸能事務所あってのこと。Mマネージャーや武田航平君や古屋暢一君はじめいろんな人たちにお世話になりながら、右も左もわからない状態から少しづつ芸能界に慣れていきました。

ただこの時には誰が悪いわけではないけれど、もう事務所の経営が危うい形になっていましたね。結局最後まで詳細はそこまでわからない状態ではあったけれど、元々僕が所属した頃にもすでにそれなりに大きな負債は抱えていたようです。そんな中で余計なお金など取らずにずぶの素人の僕を役者へと育ててくれたのだから、感謝しかありません。

ただこのお金の問題っていうのはねぇ、現実問題やっぱり芸能事務所ってかなりシビアです。また後々書くことになりますがお世話になった事務所で会社の経営が・・・っていうのは他にもありましたから。だから余計なお金を新人から取る芸能事務所って多いと思うんです、所属料とか諸々の理由をつけて。僕はそういうところは絶対におすすめしないですけどね。

これまでも少し書かせて頂いてましたが、やっぱり仕事やオーディションが辞めるあたりの期間はかなり少なかったです。それに僕も人間ですし当時若かったこともあり、これ仕事してちゃんとギャラくれるのかしらっていう不安があったのも正直なところで。僕は結局最後までギャラはきちんと支払って頂いてた記憶です。嫌な思い出を抹消したりしてなければ(笑)

お世話になった芸能事務所に辞めたいと伝える

その頃には日本の芸能界で成功するビジョンというか、ルートがいまいち見えなくなっていて。映像の方の大手事務所の強さっていうのも少しづつわかりかけてきてたり、舞台やミュージカルをがっつりやっていきたいっていう気持ちも湧き起こるわけでもなく。

でも情熱とはすごいもので、俳優を辞めようなんて気はまったく起きなかったですね。不思議なぐらいそれはなかった。俳優辞めたら逆に何すればいいの?ぐらいの感覚です。

当時から僕は邦画よりも洋画の方を観る率が全然高かったんですが、すべては映画の影響なんですが「アメリカへの憧れ」がやたらあったんですよね。昔の移民じゃないけど、アメリカに行けば何かが変わるんじゃないかっていう思いもあったり。安易な発想というか若気の至りというか。でも僕は全然悪いことだとは思ってませんけどね!やりたいことはやったほうがいい。

そんな思いから、日本での芸能活動も思うようにいってなかったこともあってアメリカに行ってみたいという想いが日に日に増していく僕。ちなみに海外に行ったことはこの時まだ皆無。思い立つと即実行したくなるのが良くも悪くも僕の性分なので、「いつ行こうかな、すぐ行きたいな」もう思考はそこまで進んでいます。

そしてアメリカへ行くためにはMマネージャーはじめ、社長、事務所のスタッフさん達に報告せねばなりません。そしてこの時僕はすでに、これをきっかけに所属事務所を辞めることを決心していました。

Mマネージャーは当時から海外志向の考えも持っていて、彼女の場合はアメリカではなく韓国でしたが、韓国語の勉強もしっかり始めていました。なので「いいんじゃない?いろいろな経験大事。」ぐらいの感じで特に反対された記憶はないです。僕の意見を尊重してくれたのと、今思えば、このまま事務所に残ってもできることは限られてるとMマネージャーとしては思っていたのかもしれません。いい人だったので。

Mマネージャーとのお話が終わったら次は社長との話し合いです。この時僕の俳優としての売り上げって正直全然だったので、ビジネス的に考えても会社に痛手はほぼない状態だし、頭数が減るのとせっかく育ててきたっていう部分で社長がどう判断するかでした。たしか自動更新だったので契約自体は残ってる状態ですね。そして社長にかくかくしかじかと報告をしたわけです。記憶ではどういった感じで行くのかとか結構聞かれた気がします。この社長さんもいい人なんです。会社の負債もパートナーの裏切りにあって持ち逃げされたとかで。そして社長も快諾してくれて、「別に休業って形にしておいて帰国したらまたうちでやる形でも全然いいぞ」というあたたかい言葉も掛けてくれたのですが、丁重にお断りしてきっぱりと退社する道を選びました。

1回全部捨てたい時期気だったんだと思います。このタイミングでずっとお世話になっていた映画館のアルバイトも辞めましたし、自由になりたかったんでしょうかね。すでにだいぶ自由だったはずなので、さらに自由になりたかったんでしょう、たぶん(笑)

話し合いも無事に終わり、円満に事務所を辞めることになりました。芸能プロダクションって辞める時に揉める印象ってお持ちの方多いと思うんですけど、あれはただ揉めてるケースだけがフューチャーされているせいだと思います。円満にやめたり移籍してもワイドショーでわざわざ取り上げないですからね(笑)これはそこそこ知名度のある場合ですが。

たまに相談されることがある事柄なんですが、「事務所が辞めさせてくれない」って言ってくる若い役者がたまにいるんですけど、仕事ばりばりしてて売り上げ立ててる俳優ならまだわかるんですけど、全然仕事してないのに辞めさせてもらえない俳優が結構いるんですよね。オーディションにも全然行ってません、みたいな。辞めさせない意味が分からないし、事務所に置いとく意味もわからない。誰得なんだよ!って思っちゃいます。単なる嫌がらせにしか思えないけどな。その役者がどれだけ努力してたり将来有望かで変わってくると思うけど、人間一人一人の人生をもっと尊重しましょうよと思うことはこの業界ではよくあります。いわゆる飼い殺しと呼ばれるものですね。この辺は僕も警鐘を鳴らしたい部分ではありますので、じっくりこれをテーマに後日書かせて頂きたいと思います。

所属事務所を辞めて一ヶ月足らずでアメリカへ

善は急げということで辞めてからアメリカに渡航するまでの間って一ヶ月ぐらいだったと思います。パスポートも急いで取ったし。ちなみに辞めてからもMマネージャーや古屋暢一君や武田航平君とは個々にですけどご飯食べに行ったりしていました。僕は大好きな人たちなので。現在はなかなか行けないけど、Mマネージャーも航平君も連絡はたま~に取っている関係です。

アメリカに関しては特に学校とかに行く予定でもなかったので、まずはいかに安く済ませるかという発想でした。とりあえず行ってしまおうと。まさに結構ノープランです(笑)渡りに船じゃないですが、何と母親の友人がアメリカ人と結婚してアメリカに住んでいて、タコマというところの部屋に住んでいいとの話が浮上しまして。ホテル代がかからない!というところに惹かれた僕はタコマがどこかもわからないまま、是非お願いしたい!という形になりました。そこを拠点に動き回ればいいであろうという考えです。

そういえばwolfofactorさんは英語が喋れるの?という疑問を抱いたあなたは鋭い考察力をお持ちです。(いま「こうさつりょく」って入れて予測変換したら最初に「絞殺力」って出て来たんですけど。そんなことあります?物騒だなぁ)

英語に関しては私、某大学の英語学科卒業していまして。ハリウッド映画に出たいという漠然とした夢もあったので、熱心にとまではいかないけど、英語は勉強し続けてきていたので、まぁ大丈夫かなぁと思ってました。英語で演じるとかはまったく未知の領域でしたけど。

そんなこんなでまさに、トランク1つで浪漫飛行へin the skyするわけです。

HISで1番安い往復チケットも買って、目指すはシアトル・タコマ空港。成田空港までは兄が車で送ってくれましたね。優しい兄貴です。

今回はこれぐらいにしておきましょう。

また次回に・・・この続きかもしくは別のお話を(笑)たぶんこの続きです。

コンフィデンスマンJP

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